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装備は重要

身体は交換不可のパーツである

バイクというハードウェアは、金銭さえ払えば修理も交換も可能だ。エンジンがブローすれば載せ替えればいいし、フレームが歪めば新車にリプレースすれば済む。しかし、ライダー自身の身体はそうはいかない。現代医学をもってしても、四肢や臓器の完全な互換パーツは存在せず、交換不可な固有資産である。にもかかわらず、マシンのカスタムには潤沢な予算を投じる一方で、自身の防護装備にはコストを惜しむライダーが散見される。これはリスクマネジメントの観点から見て、極めてバランスを欠いた投資配分と言わざるを得ない。今回は、サーキット走行における最後の砦となる装備の基準について、感情論抜きで解説する。

安全マージンの確保

公道とサーキットの決定的な違いは、運動エネルギーの総量にある。運動エネルギーは速度の二乗に比例するため、時速が2倍になれば衝撃力は4倍になる。この物理法則が支配する領域において、公道用の装備では安全マージンが不足していることは明白だ。

まず、頭部を守るヘルメットについて定義する。スポーツ走行においては、JIS規格あるいはスネル規格をクリアしたフルフェイスヘルメットが必須要件となる。ここで注意すべきは、ツーリングで利便性の高いシステムヘルメットの使用可否だ。構造上、可動部は強度のボトルネックとなりやすいため、多くのサーキットや主催者はスポーツ走行での使用を禁止、あるいは非推奨としている。PSC/SGマークがついていることは法的な前提条件に過ぎず、サーキットという高負荷環境では、帽体の剛性がよりシビアに求められる。

次に、身体を包むレーシングスーツだ。サーキットのアスファルトは、タイヤのグリップを確保するために公道よりも摩擦係数が高く設計されている。転倒時の滑走距離も長くなるため、布ジャケットやジーンズでは、瞬時に摩耗し皮膚まで到達してしまう。耐摩耗性と引き裂き強度において、レザー以上の素材は現状普及していない。特にMFJ公認タグが付いたスーツは、競技規則に則った厳格な強度テストをパスしており、これがサーキット走行における事実上の標準プロトコルとなっている。

初期投資の抑制・レンタルという選択

MFJ公認のレーシングスーツは、安全性という機能要件を満たす最高峰の製品だが、その導入コストは決して安くない。新品で購入すれば十数万円から、オーダーメイドになればさらに跳ね上がる。これからサーキットを試そうという段階で、この初期投資は大きな障壁となるだろう。

ここで検討すべきソリューションがレンタルサービスの活用だ。クシタニなどの大手メーカーや、サーキットのライセンスセンターでは、公認スーツのレンタルを行っている場合が多い。これはITインフラにおけるクラウド化やSaaSの発想に近い。自前で資産を保有せず、必要な時に必要な機能だけを利用料として支払う。

まずはレンタルのスーツで数回走行し、サーキット走行を継続するかどうかの判断を行う。継続すると決めた段階で、自身の体型に最適化されたマイ・スーツの購入へ踏み切ればいい。安価なノンブランドの非公認スーツを慌てて購入し、後にレース出場要件を満たさず買い直すことになる安物買いの銭失いこそ、最も避けるべき非効率な投資である。

足元と手元の操作性

装備は防御力だけでなく、インターフェースとしての操作性も左右する。特にグローブとブーツは、マシンへの入力を司る重要なデバイスだ。

グローブに関しては、手首が完全に隠れるレザー製であることが絶対条件となる。転倒時、人間は反射的に手を地面につく。この際、ショート丈のグローブでは袖口との間に隙間が生じ、尺骨や橈骨の末端が路面に露出し、深刻な損傷を負うリスクがある。また、素材もレザーが必須であり、メッシュや布製はスポーツ走行枠では原則NGとされている。

ブーツに関しても同様に、くるぶし以上を覆うレザー製のレーシングブーツが必要だ。ここで重要なのが靴紐が無いことである。エンジニアブーツや紐付きのスニーカーは、ステップワークの際に紐がペダル類に絡まるリスクがある。これはシステムのバグと同様、予期せぬ動作不良を引き起こし、重大な事故に直結する。また、万が一の転倒時に靴が脱げないよう、バックルやファスナーで強固に固定できる構造も必須だ。

装備選びにおいてこれくらいでいいだろうという妥協は、リスクアセスメントの放棄に等しい。ルールだから従うのではなく、自身の身体という替えの利かない資産を守るための論理的な防衛策として、適切な装備を選択してほしい。