サスペンションセッティングと聞くと、多くのライダーは減衰力のクリック数やバネレートといった細かいパラメータ調整を想像し、思考停止に陥る。しかし、システム開発においてOSのインストール前にBIOS設定を行うように、サスペンションにも走り出す前に必ず行うべき初期化処理が存在する。それがサグ出しだ。どんなに高性能なオーリンズ製のサスペンションを入れても、この基準値が狂っていれば、その性能は10%も発揮できない。今回は、物理的な姿勢制御の基本であるプリロード調整について解説する。
静的姿勢の適正化
サスペンションには、ライダーが乗車した状態で沈み込むべき適正量が決まっている。これは、路面の凹みに対してタイヤを押し下げるための伸び代を確保するためだ。
まず理解すべき用語は以下の2つ。
- 1G: バイク自重のみでサスペンションが沈んだ状態。
- 1G’: ライダーが装備をつけて乗車し、サスペンションが沈んだ状態。
一般的に、ロードスポーツバイクでは、ホイールトラベルの1/3程度が沈み込む状態が理想とされる。例えば全行程が120mmなら、乗車時に約40mm沈むのが適正値だ。
この数値を合わせるのがプリロード調整である。プリロードを掛けることは、バネを硬くすることではない。バネの初期位置を変え、車体姿勢を補正する作業だ。体重が重いライダーなら締め込み、軽いなら緩める。これにより、どのような体重の人間が乗っても、設計上の理想的な車体姿勢を再現できる。これがセッティングのゼロ地点となる。
動的挙動の制御
プリロードで位置が決まったら、次に調整するのがダンパーだ。これはサスペンションが伸縮する速度を制御する機構であり、ネットワークにおけるトラフィックシェーピングのような役割を果たす。
- コンプレッション: サスが縮む時の抵抗。急激なブレーキでノーズダイブしすぎるのを防ぐ。
- リバウンド: サスが伸びる時の抵抗。縮んだバネが勢いよく戻ろうとする反動を収束させる。
重要なのはプリロード→ダンパーという順序だ。姿勢が狂っている状態で減衰力をいじっても、それはバグだらけのコードにパッチを当て続けるようなもので、根本解決にはならない。まずはサグ出しで姿勢を正し、その上で跳ねすぎる沈みすぎるといった動的な不満をダンパーで微調整する。これが論理的なチューニングのフローだ。
調整のPDCAサイクル
セッティングに正解はないが、最適解は存在する。それを見つけるためには、泥臭いPDCAサイクルを回すしかない。
- Plan: 立ち上がりでリアが沈みすぎて曲がらない気がするから、リアのプリロードを1回転締めてみよう
- Do: 実際に調整し、コースを走る。
- Check: タイムやフィーリングの変化を確認する。良くなったか? 悪化したか?
- Action: 良ければ採用、悪ければ元に戻す。
この時、鉄則となるのが一度に変えるパラメータは一つだけにすることだ。プリロードと減衰力を同時に変えると、変化の原因がどちらにあるのか特定できなくなる。
そして、必ず標準設定を記録しておくこと。迷宮入りした時にいつでも初期状態に戻せるよう、バックアップを取っておくことは、エンジニアとしての基本動作である。
